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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13437号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金三一九二万八三〇四円及び右金員の内、別紙預金目録記載20ないし23のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する預入日欄記載の日の翌日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を、金七〇万九九三四円に対する平成五年三月一日から同年一〇月一七日まで年〇・二六パーセント、同月一八日から支払済みまで年〇・二二パーセントの各割合による金員を、金五一六万〇九四八円に対する平成五年一月二九日から支払済みまで年三・八五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  乙、丙、丁、戊、己及び庚事件各参加人の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、乙、丙、丁、戊、己及び庚事件に生じた費用は各参加人の、甲事件に生じた費用はこれを四分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求の趣旨

一  甲事件

1 被告は原告に対し、一億三七九九万〇一八五円及び右金員の内、別紙預金目録(以下「目録」という)記載1ないし23(以下「目録1」、「目録2」等という)のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する預入日欄記載の日の翌日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を、七〇万九九三四円に対する平成五年三月一日から支払済みまで年〇・二六パーセントの割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  乙事件

1 目録6及び7の各定期預金債権(元本額合計一六五〇万二五二〇円)が乙事件参加人に属することを確認する。

2 被告は乙事件参加人に対し、一六五〇万二五二〇円及び右金員の内、目録6及び7のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する預入日欄記載の日の翌日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を支払え。

3 参加費用は原告及び被告の負担とする。

4 仮執行宣言

三  丙事件

1 目録20ないし23の各定期預金債権及び目録24の普通預金債権(元本額合計二六七六万七三五六円)が丙事件参加人に属することを確認する。

2 被告は丙事件参加人に対し、二六七六万七三五六円及び右金員の内、目録20ないし23のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する満期日欄記載の日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を、目録24の元本額欄記載の金員に対する平成五年三月一日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員をそれぞれ支払え。

3 参加費用は原告及び被告の負担とする。

4 仮執行宣言

四  丁事件

1 目録15ないし17の各定期預金債権(元本額合計一五九一万一五二二円)が丁事件参加人に属することを確認する。

2 被告は丁事件参加人に対し、一五九一万一五二二円及び右金員の内、目録15ないし17のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する預入日欄記載の日の翌日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を支払え。

3 参加費用は原告及び被告の負担とする。

4 仮執行宣言

五  戊事件

1 目録8ないし10の各定期預金債権(元本額合計二〇五八万九九三二円)が戊事件参加人に属することを確認する。

2 被告は戊事件参加人に対し、二〇五八万九九三二円及び右金員の内、目録8ないし10のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する預入日欄記載の日の翌日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を支払え。

3 参加費用は原告及び被告の負担とする。

4 仮執行宣言

六  己事件

1 目録1ないし5の各定期預金債権(元本額合計二一五六万五四五六円)が己事件参加人に属することを確認する。

2 被告は己事件参加人に対し、二一五六万五四五六円及び右金員の内、目録1ないし5のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する預入日欄記載の日の翌日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を支払え。

3 参加費用は原告及び被告の負担とする。

4 仮執行宣言

七  庚事件

1 目録11及び12の各定期預金債権(元本額合計二五二四万八二七七円)が庚事件参加人に属することを確認する。

2 被告は庚事件参加人に対し、二五二四万八二七七円及び右金員の内、目録11及び12のそれぞれにつき各元本額欄記載の金員に対する預入日欄記載の日の翌日から支払済みまで利率欄記載の割合による金員を支払え。

3 参加費用は原告及び被告の負担とする。

4 二項につき仮執行宣言

第二  当事者の主張

(甲事件)

一 請求原因

1 当事者の地位及び基本取引関係

(一) 破産者株式会社栄高(昭和五二年七月一日付けで旧商号豊栄管理株式会社から株式会社栄高に商号変更した。以下商号変更の前後を問わず便宜「栄高」という)は、株式会社豊栄土地開発(以下「豊栄土地開発」という)が建築、分譲するマンションの管理業務を目的として昭和五〇年九月九日に設立された同会社の子会社であり、乙、丙、丁、戊、己及び庚事件参加人(以下併せて「参加人ら」という。なお、参加人らの管理組合設立はいずれも後記栄高の破産宣告後である)のマンションの管理業務を行ってきた。

栄高は平成四年一一月三〇日東京地方裁判所において破産宣告を受け(同裁判所平成四年(フ)第三六四四号事件)、原告は同日破産管財人に選任された。

なお、右に先立ち、豊栄土地開発は、同月二〇日東京地方裁判所において破産宣告を受けている(同裁判所平成四年(フ)第三四二二号事件)。

(二) 被告は株式会社三井銀行(以下「三井銀行」という)と株式会社太陽神戸銀行の合併後、名称変更した資本金約四二〇〇億円の大手都市銀行である。

(三) 栄高は三井銀行との間で昭和五四年三月三一日銀行取引約定契約(以下「本件銀行取引約定」という)を締結し、事業資金の借入れその他各種の銀行取引を行っていた。

2 定期預金契約及び普通預金契約の締結

(一)(1) 栄高は被告(八重洲口支店(現在の東京駅前支店)取扱い。以下便宜「八重洲口支店」という)との間で、次のとおり定期預金契約を締結した。

すなわち、栄高は自らが管理する各マンションの区分所有者らから管理費及び修繕積立金(以下「管理費等」という)を徴収して金銭出納業務を行うため、被告において栄高名義若しくは栄高にマンション名を付記した名義(「株式会社栄高〇〇マンション口」又は「〇〇マンション管理組合管理代行株式会社栄高」名義)のいずれかを用いて普通預金口座を開設し、右銀行通帳及び届出印鑑を保管し、右管理費等を徴収して一定の裁量の下に金銭出納業務等を行うとともに、各マンションの区分所有者らから各普通預金に徴収された管理費等の剰余金を被告(八重洲口支店取扱い)に送金し、同支店において「株式会社栄高〇〇マンション口」名義で各マンションごとに目録1ないし23のとおり定期預金契約を締結した(口座開設日は目録1ないし23の各口座開設日欄記載のとおりである)。右各定期預金口座は、利息元加方式で自動書替継続され、最終的には目録1ないし23の各預入日欄記載の日に各該当元本額(合計一億三七二八万〇二五一円)が各該当満期日及び利率の約定の下に預け入れられた(以下目録1および23の各定期預金をそれぞれ「目録1の定期預金」「目録2の定期預金」等といい、右各定期預金を併せて「本件各定期預金」という)。

右各定期預金口座の預金通帳及び銀行届出印鑑はいずれも各定期預金契約締結以来栄高が保管している。

(2) 原告及び被告には、右各定期預金がその口座名義にマンション名が付記されていることからして、該当マンションの区分所有者ら又は同マンションの管理組合(管理組合の実体がなく、機能していないマンションの場合も含め、以下「管理組合」という)からの預り金であることが一目瞭然であった。

(二) 前記(一)の要領でアンバサダー六本木マンションの管理委託業務を行う目的の下、栄高は被告(六本木支店取扱い)との間で、昭和五四年三月ころ目録24のとおり栄高名義で普通預金口座を開設して普通預金契約を締結したが、平成五年三月一日時点における右口座残高は七〇万九九三四円であり、同日以降の利率は年〇・二六パーセントである(以下「本件普通預金」という)。右普通預金の銀行通帳及び届出印鑑は栄高が保管している。

3 原告による返還請求

原告は栄高の破産管財人として、平成五年一月二一日被告に対し、本件各定期預金及び本件普通預金の返還を請求した。

4 よって、栄高の破産管財人である原告は被告に対し、本件各定期預金契約又は本件普通預金契約に基づき請求の趣旨一1記載の金員の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1(当事者)及び3(原告による返還請求)の事実は認める。

2(一) 同2(一)(本件各定期預金契約の締結)の事実中、栄高が被告の各支店との間で原告主張の栄高名義若しくは同会社名義にマンション名を付記したもののいずれかを用いて普通預金口座を開設していたこと、栄高が被告との間で「株式会社栄高〇〇マンション口」名義の本件各定期預金契約を締結したこと並びに栄高が右各定期預金通帳及び銀行届出印鑑を保管していることは認め、本件各定期預金のうち目録1ないし9、11、13、15、16、18ないし21の各定期預金の自動書替継続が利息元加方式であるとの点は否認し、その余は知らない。

被告は栄高から、本件各定期預金のうち目録1ないし9、11、13、15、16、18ないし21の各定期預金については、元本のみを継続し、利息は栄高名義の普通預金口座(口座番号〇九四八三五八)に入金するよう指定され、右指定に従った処理を行っていた。

(二) 同(二)(本件各普通預金契約の締結)の事実中、栄高が被告(六本木支店取扱い)との間で本件普通預金契約を締結したこと、平成五年三月一日時点の右普通預金口座の残高が七〇万九九三四円であること及び栄高が右各定期預金通帳及び銀行届出印鑑を保管していることは認め、その余は知らない。

なお、本件普通預金口座の開設日は昭和五四年二月二八日であり、右預金の利率は平成五年三月一日から同年一〇月一七日まで年〇・二六パーセント、同月一八日から年〇・二二パーセントである。

三 被告の主張

1 目録1ないし19の各定期預金について一部相殺の抗弁

(一) 栄高の借入れ及び預金担保の設定

(1) 栄高は、昭和五四年三月三一日被告(八重洲口支店取扱い)から一億円を借り入れるとともに、右借入れに際し、被告の同支店に対して別紙預金担保設定一覧表記載No1ないし13の定期預金債権及び次の四口の定期預金債権(合計一七口の定期預金債権)につき、預金担保を設定した。

口座番号 預入日 金額 口座名義

4061004 54・3・8 ¥7、000、000 (株)栄高高島平ハイツ

4061053 54・3・8 ¥1、500、000 (株)栄高綱島マンション

4061053 54・3・8 ¥500、000 (株)栄高綱島マンション

4061087 54・3・8 ¥2、800、000 (株)栄高上福岡ハイツ

(2) 栄高の被告(八重洲口支店取扱い)からの借入金は、最終的には平成二年一二月二八日付金銭消費貸借契約に係る合計一億一二八〇万円(以下「本件貸金債権」という)となった。

また、栄高の被告(八重洲口支店取扱い)に対する各定期預金担保設定状況は別紙預金担保設定一覧表記載のとおりに推移した(右預金担保は、担保である定期預金の解除、併合又は新規設定に伴い推移し、各定期預金の満期到来に伴う自動書替手続により継続的に担保が設定されている。右の内、別紙預金担保設定一覧表記載No41ないし44は各満期到来に伴い、No46ないし49として利息元加方式で書替継続されたものである。以下右預金担保すべてを併せて「本件預金担保」という)。

(二) 被告の相殺の意思表示若しくは本件預金担保権実行

被告(八重洲口支店取扱い)は平成五年二月一日栄高に対し、本件銀行取引約定に基づき、本件貸金債権一億一二八〇万円及びこれに対する平成四年一二月一日から同五年一月二八日まで年五・五五パーセントの割合による遅延損害金四九万七四〇一円の合計一億一三二九万七四〇一円を自働債権として、平成五年一月二九日起算で目録1ないし19の各定期預金返還請求債権及び目録25ないし27の各定期預金返還請求債権(ただし、右三口の定期預金は栄高名義の定期預金である。また、右返還請求債権の金額は元本額並びに源泉所得税一五パーセント及び地方税五パーセント控除後の利息の合計金額である)とその対当額で相殺する旨の意思表示(以下「本件相殺」という)をした。

(三) 被告による残金の保管

原告及び参加人らが、それぞれ本件各定期預金債権の帰属主体性を主張し、被告に対して右各定期預金の返還を請求しているため、被告による右相殺後の残金五一六万〇九四八円(ただし目録10の定期預金債権(約定利率年三・八五パーセント)の一部)の帰属主体は不確定である。したがって、被告は右残金の帰属主体が確定するまで原告への支払を拒絶する(以下「本件残金保管」という)。

(四) 以上のとおりであり、被告の栄高に対する目録1ないし19の各定期預金返還債務は本件相殺により本件残金保管に係る債務のほかは消滅した。

2 目録20ないし23の各定期預金及び本件普通預金について

被告は前記1(三)のとおり右各預金の帰属主体につき争いがあるので、右が確定するまで原告への支払を拒絶する。

四 抗弁に対する認否

1 目録1ないし19の各定期預金について

抗弁1の(一)ないし(三)のうち、本件預金担保設定、本件相殺の意思表示及び本件残金保管の各事実はいずれも認めるが、(四)は争う。

2 目録20ないし23の各定期預金及び本件普通預金について

右各定期預金債権及び右普通預金債権はいずれも栄高に帰属するものである。

五 原告の主張

1 本件預金担保設定及び本件相殺の違法、無効

(一) 公序良俗違反(民法九〇条)による本件預金担保設定の無効

(1) 本件預金担保設定の業務上横領行為又は背任行為該当性

ア 本件各定期預金は、参加人らのマンションの管理費等に用いられるべく使途が限定された右各マンションの区分所有者らの団体ないし管理組合(以下管理組合の実体のないものも併せて便宜「管理組合」という)からの預り金を原資とする以上、委託者である管理組合若しくは区分所有者らの承諾なくして本件各定期預金に担保を設定することは違法行為である(この点は、本件各定期預金債権が原告に帰属することと抵触するものではない)。ところが、栄高の担当者は、昭和五四年三月三一日以降、被告(八重洲口支店取扱い)からの借入れ及びそれに伴う本件預金担保設定当時、本件各定期預金は管理組合との委託契約上使途が限定されており、これに対する担保設定行為が違法行為であることを認識していたにもかかわらず、右委託の趣旨に反して管理組合若しくは区分所有者らの承諾を得ることなく恣に、本件各定期預金に栄高の被告に対する借入金の担保を設定し、もって右預り金を領得した。

したがって、本件預金担保設定行為は業務上横領行為(刑法二五三条)に該当するというべきである。

イ 仮に、右各定期預金債権者が栄高であることから「他人性」の欠如を理由に本件預金担保設定行為が業務上横領行為といえないとしても、背任行為というべきである。

すなわち、栄高は、管理組合のために管理業務として預金保管・出納事務を処理する者であるところ、豊栄土地開発の利益を図る目的で、管理委託契約及び管理規約等に規定された管理会社としての任務に背いた担保設定行為を行い、豊栄土地開発及び栄高が破産したことにより被告から担保権実行を受け、もって、区分所有者らに右担保設定額と同額の損害を与えた。

したがって、本件預金担保設定行為は背任行為(刑法二四七条)に該当するというべきである。

(2) 本件預金担保設定への被告の関与ないし悪意

ア また、栄高は被告との間で、次の<1>ないし<7>の事情の下、随時本件各定期預金口座を開設して右各定期預金契約を締結し、また、本件預金担保設定をした。

<1> 栄高は被告(当時は三井銀行であった)との本件銀行取引約定開始の際、栄高の商業登記簿謄本を提出し、同会社がマンション管理業務を内容としていることを告げた。

<2> 被告は豊栄土地開発との間で、同会社の分譲マンションに関する提携ローン契約を締結し、また、同会社の分譲マンション数棟につき、その購入者に対して融資を行った。

<3> 被告は、右提携ローン契約締結に際し、その都度、当該マンションの管理規約、管理委託契約書を入手していた。右管理規約及び管理委託契約書には、栄高が管理者の地位にあること、区分所有者らは、管理者である栄高に対し、毎月管理費等を支払う義務があること、右管理費等の保管は栄高が行うこと等が記載されていた。

<4> 栄高は、他の銀行に開設したマンションごとの管理委託費を管理する普通預金口座(口座名義には、栄高名義の下にマンション名を付記していたものもあった)から、直接被告(八重洲口支店取扱い)の本件各定期預金口座に送金し、又は、いったん同支店の普通預金口座に送金した後、右口座に入金された金員を本件各定期預金に振り替えていた。

<5> 栄高は被告(八重洲口支店取扱い)に対し、昭和五四年三月三一日の借入れの際、決算報告書及び各マンションの管理規約、管理委託契約書を提出した。右決算報告書には、各マンションごとの預金名目で、本件各定期預金が記載されていた。

<6> 栄高は同会社において管理するマンションの大修繕等の必要性が生じた都度、被告に対し、その旨告げ承諾を得て、該当定期預金の解約を行っていた。

<7> 本件各定期預金は「株式会社栄高〇〇マンション口」と該当マンション名が口座名義に付記されていた。

イ したがって、被告は本件各定期預金の原資が栄高の管理する各マンションの区分所有者らから徴収された管理費等であること、右各定期預金は当該マンションの管理、修繕、補修等に充てられることを目的とし、使途が限定されていること、栄高の行う本件預金担保設定行為が右委託の趣旨及び右使途に反すること、栄高は本件預金担保設定行為につき、各該当マンション管理組合の承諾を得ていないことをそれぞれ認識していたというべきである。

(3) 右のとおり、本件預金担保設定は刑罰法規に抵触するのであり、公序良俗(民法九〇条)に違反し(右担保預金の原資は区分所有者らの日常生活を支えるために徴収された管理費等であり、非常に公共性の強いものであることから、右違反の程度は著しく高い)、違法、無効というべきである。

(二) 本件相殺の無効

また、本件相殺の意思表示は、右のとおり被告の知情の下にされた違法、無効な担保設定に基づく、実質的な担保権の実行であるから、同じく民法九〇条に違反する意思表示として無効というべきである。

2 民法五〇五条一項ただし書による本件相殺の無効(本件各定期預金返還請求債権が受働債権として性質上相殺に適さないこと)

民法五〇五条一項ただし書の趣旨は、形式上相殺適状関係にある対立債権(債務)があっても、相殺による両債権の権利行使の制限が債務成立の本旨に反する場合には、両債権の権利行使を肯定した方が債権(債務)を成立せしめた本来の趣旨に沿うという点にある。

ところで、栄高は参加人ら若しくはそのマンションの区分所有者らの管理受託者であり、本件各定期預金の原資は区分所有者らから管理費、修繕積立金として出捐されたものであるから、栄高は右管理受託者の立場で右金銭の徴収、保管等会計出納業務を履行するにすぎない。したがって、本件相殺の受働債権とされる右各定期預金債権は栄高に固有の資産として帰属する債権ではなく、右管理受託者としての立場から栄高が取得した実質上第三者(参加人ら若しくは区分所有者ら)に帰属する債権である。

このように、本件各定期預金債権は性質上被相殺者である栄高に帰属する固有の債権ではないため、右各定期預金返還債権を受働債権として相殺の用に供することを肯定すると、相殺者である被告に右定期預金返還債務を成立せしめた本旨に反することは明らかである。

以上により、本件相殺は民法五〇五条一項ただし書の趣旨に抵触し、許されないというべきである。

3 権利濫用による本件相殺の違法、無効

被告は前記のとおり、本件各定期預金返還請求債権が、実質上栄高ではなく、参加人らを含む管理組合に帰属するものであることを認識していたものであるところ、栄高が破産した時点において被告による本件相殺を認めることは、栄高の参加人らを含む管理組合に対する受託物返還債務の履行が不可能になること、本件各定期預金は参加人らを含む管理組合から徴収した管理費等を積み立てた極めて公共性の高い金銭を原資としており、参加人らを含む管理組合へ返還することが公益上不可欠であること等に照らし、本件相殺は民法の根本原理たる信義・公平の原則に違背し、権利濫用に当たる違法なものであり許されず、無効であるというべきである。

六 原告の主張に対する被告の認否

すべて争う。

なお、右1(一)(2)ア記載の<1>ないし<7>の事情は、<1>、<2>及び<7>の各事実は認めるが、<3>及び<5>の各事実は否認する。<4>及び<6>は知らない。

(乙事件)

一 請求原因

1 当事者

(一) 甲事件請求原因1に同じ。

(二)(1) 乙事件参加人は平成四年一二月五日ルイマーブル乃木坂マンションの区分所有者集会の決議(右マンション管理規約三一条ないし三六条)により設立された同マンションの管理組合法人である。

(2) 乙事件参加人は、マンション分譲以来管理組合法人として設立される以前から管理組合若しくは管理組合法人と称すると否とにかかわらず建物区分所有等に関する法律(昭和五八年法律五一号による改正。昭和五九年一月一日施行。以下「区分所有法」という)三条により法律上存在するとされる団体であったが、右団体がその同一性を維持しつつ、前記のとおり同法四七条一項に規定する所定の設立手続を経て法人格を取得した。

2 乙事件参加人と目録6及び7の各定期預金との関係

(一) 栄高のマンション管理業務

(1) 栄高の管理者性

ア 豊栄土地開発はその建設したマンションの分譲に際し、区分所有権の買主(区分所有者)に対して自ら作成したマンション管理規約及び使用細則を提示してその承認を求めるとともに、右区分所有者と栄高の間で事務管理業務(会計業務、金銭出納業務、管理運営業務)、清掃業務及び管理員派遣業務を内容とする管理委託契約を締結させた。右管理委託契約には、竣工時の管理者を栄高とすること及び区分所有者は栄高に対し管理費等及び保証預り金(以下併せて「管理委託費」という)として毎月一定額を支払うことが規定されている。

栄高は、前記のとおり、平成四年一一月に破産するまで、参加人らの委託を受けた管理者としての地位にあり、参加人らを構成する区分所有者らと栄高の間で締結した管理委託契約は、右管理者たる栄高が行う管理事務権限と義務の範囲を区分所有者ら全員との間で書面により確認したものであり、いわゆる管理組合が外部の管理会社にその管理業務を委託したものではなく、建物の区分所有等に関する法律(昭和五八年法律五一号による改正前のもの)二四条一項の「区分所有者全員の書面による合意」に当たるから、右管理委託契約は管理規約及び使用細則とともに三者で一体となって、区分所有法に規定する「規約」というべきである。

したがって、管理者たる栄高は参加人らに対し、管理規約、使用細則及び管理委託契約上の権利及び義務を負うとともに、区分所有法上の権利及び義務を負う(区分所有法二六条一項)。

イ 乙事件参加人の管理規約であるルイマーブル乃木坂管理規約には、いずれも栄高が区分所有法上の管理者と規定され(同規約一一条二項)、栄高は右管理に係るマンションの分譲以降平成四年一一月に自己破産申立てを行うまで、右管理者の地位にあった。

(2) 栄高への管理委託費の委託及び事務管理業務等

区分所有者らは栄高に対し、管理委託契約に基づき管理委託費として毎月一定額を同会社の開設した同会社名義の被告各支店等金融機関における普通預金口座に振り込んで支払っていた。

他方、栄高は、金銭出納業務として右管理委託費から管理員人件費、清掃費、エレベータ・消防及び電気設備保守メインテナンス料並びに定期検査等の諸経費を支出するとともに、右管理委託費から管理報酬を引き出して取得していた。

(二) 目録6及び7の各定期預金に対する乙事件参加人の債権者性

(1) 目録6及び7の各定期預金が乙事件参加人の合有財産であること

ア 栄高は、参加人らの管理者として、前記(一)(1)アのとおり区分所有法上の管理者が区分所有法上の団体(管理組合)である参加人らの共有財産の管理を行う権利及び義務に基づき参加人らを構成する区分所有者らから管理委託費として普通預金口座に振り込まれた金員を原資として本件各定期預金契約を締結したものである。

したがって、右各定期預金は、栄高固有の財産ではなく、管理組合法人設立前の管理組合にあっては、区分所有者らから管理者たる栄高に徴収され、同会社が管理者の職務として右を管理運用して預金したものであって、管理組合の合有的財産である。

そして、参加人らがそれぞれ設立前の団体との同一性を維持しつつ法人格を取得した場合、管理者が保持・管理していたすべての財産は何らの手続を経ることなく、当然に法人化した参加人らに帰属するというべきである。

イ したがって、目録6及び7の各定期預金については、栄高が乙事件参加人の管理者として右各定期預金契約を締結したものであって、栄高名義で徴収・管理していた右各定期預金は乙事件参加人の法人格の取得に伴い、同参加人に帰属すると解すべきである。

(2) 乙事件参加人の代理人としての目録6及び7の各定期預金契約の締結

ア 管理者は「その職務に関」して区分所有者らを代理するものであり(区分所有法二六条二項)、右「区分所有者の代理」とは個別的代理ではなく、全区分所有者すなわち管理組合を代理することを意味するところ、本件各定期預金契約の締結行為は管理者たる栄高の「その職務に関」するものにほかならない。

そして、被告は、甲事件五(原告の主張)1(一)(2)ア及びイのとおりの認識を有していたのであるから、被告は栄高が代理人として本人である管理組合のために本件各定期預金契約を締結したものであることにつき悪意であるというべきである。

したがって、本人である管理組合は被告に対し本件各定期預金契約に基づき右各定期預金払戻請求をすることができる(民法一〇〇条ただし書)。

イ したがって、仮に、目録6及び7の各定期預金債権者が乙事件参加人ではなく、栄高であるとしても、栄高が乙事件参加人の代理人として右各定期預金契約を締結したというべきであり、被告は右につき悪意であるから、本人である乙事件参加人は被告に対し、右各定期預金契約に基づき右各定期預金払戻請求をすることができるというべきである。

3 不当利得

目録6及び7の各定期預金は、乙事件参加人の管理委託費を原資とするものであり、栄高が毎年行う同参加人の会計報告においては、管理組合の財産として資産科目に記載されていたものであるが、被告は右報告書を入手しその旨認識し、実質的に同参加人の合有財産であると認識していたにもかかわらず、栄高の借入債務の弁済として相殺して右各定期預金を受領した。

これは、被告が、乙事件参加人の損失において債権回収を図り利益を享受したものというべきである。そして、被告の右認識にその因果関係を認めることができ、また、被告は右利益を享受する法律上の原因を欠くというべきである。

4 よって、乙事件参加人は、目録6及び7の各定期預金が同参加人に属することの確認及び被告に対し、右各定期預金契約の預金返還請求権又は不当利得返還請求権に基づき請求の趣旨二2記載の金員の支払を求める。

二 原告及び被告の主張

1 原告

(一) 請求原因1(当事者)は認める。

同2(乙事件参加人と目録6及び7の各定期預金との関係)の事実中(一)の(2)は認め、その余及び(二)は否認する。

同3(不当利得)は争う。

(二) 目録6及び7の各定期預金債権は栄高に帰属するものである。

2 被告

(一) 請求原因1(当事者)の事実中(一)は認め、(二)は知らない。

同2(乙事件参加人と目録6及び7の各定期預金との関係)は否認する。

同3(不当利得)は争う。

(二) 目録6及び7の各定期預金を含む本件各定期預金債権者は栄高であり、被告の栄高に対する本件各定期預金返還債務は本件相殺により一部消滅し、右残金は被告(八重洲口支店取扱い)において右債権者が確定するまで保管している。

三 乙事件参加人の主張

1 目録6及び7の各定期預金返還請求債権は乙事件参加人に帰属するのであるから、右預金返還請求権と被告の原告に対する貸金返還請求権とは相殺適状になく、相殺の抗弁は失当である。

2 甲事件五(原告の主張)1に同じ。

(丙事件)

一 請求原因

1 当事者

(一) 乙事件請求原因1(一)に同じ。

(二)(1) 丙事件参加人は平成五年六月二〇日アンバサダー六本木マンションの区分所有者集会の決議(右マンション管理規約二七ないし三二条)により設立された同マンションの管理組合法人である。

(2) 乙事件請求原因1(二)(2)に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「丙事件参加人」に読み替える)。

2(一) 乙事件請求原因2及び3に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「丙事件参加人」に、「ルイマーブル乃木坂管理規約一一条二項」を「アンバサダー六本木管理規約一〇条二項」に、「目録6及び7」を目録20ないし23」にそれぞれ読み替える)。

(二) 甲事件請求原因2(二)に同じ。本件普通預金債権は丙事件参加人に帰属するものである。

3 よって、丙事件参加人は、目録20ないし23の各定期預金債権及び本件普通預金債権が同参加人に属することの確認並びに被告に対し、右各定期預金契約及び右普通預金契約の預金返還請求権又は不当利得返還請求権に基づき請求の趣旨三2の金員の支払を求める。

二 原告及び被告の主張

1 原告

(一) 乙事件二(原告及び被告の主張)の1(原告)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録20ないし23」に読み替える)。

(二) 本件普通預金債権は栄高に帰属するものである。

2 被告

原告と丙事件参加人の間において、目録20ないし23の各定期預金及び本件普通預金の帰属主体につき争いがあるので、被告は右帰属主体が確定するまで支払を拒絶する。

(丁事件)

一 請求原因

1 当事者

(一) 乙事件請求原因1(一)に同じ。

(二)(1) 丁事件参加人は昭和五四年六月ころ分譲されたジャルダン元麻布マンションの管理組合であるが、管理組合法人ではない。

(2) 乙事件請求原因1(二)(2)に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「丁事件参加人」に読み替え、参加人が法人格を有することを前提とする主張部分は除く)。

2 乙事件請求原因2及び3に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「丁事件参加人」に、「ルイマーブル乃木坂管理規約一一条二項」を「ジャルダン元麻布管理規約一〇条二項」に、「目録6及び7」を「目録15ないし17」にそれぞれ読み替える)。

3 よって、丁事件参加人は、目録15ないし17の各定期預金が同参加人に属することの確認及び被告に対し、右各定期預金契約の預金返還請求権又は不当利得返還請求権に基づき請求の趣旨四2記載の金員の支払を求める。

二 原告及び被告の主張

乙事件二(原告及び被告の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録15ないし17」に読み替える)。

三 丁事件参加人の主張

乙事件三(乙事件参加人の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録15ないし17」に読み替える)。

(戊事件)

一 請求原因

1 当事者

(一) 乙事件請求原因1(一)に同じ。

(二)(1) 戊事件参加人は昭和五五年九月に分譲され、平成五年五月一八日設立登記を経由した豊栄アルベルゴ上野マンションの管理組合法人である。

(2) 乙事件請求原因1(二)(2)に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「戊事件参加人」に読み替える)。

2 乙事件請求原因2及び3に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「戊事件参加人」に、「ルイマーブル乃木坂管理規約一一条二項」を「豊栄アルベルゴ上野管理規約一〇条二項」に、「目録6及び7」を「目録8ないし10」にそれぞれ読み替える)。

3 よって、戊事件参加人は、目録8ないし10の各定期預金が同参加人に属することの確認及び被告に対し、右各定期預金契約の預金返還請求権又は不当利得返還請求権に基づき請求の趣旨五2記載の金員の支払を求める。

二 原告及び被告の主張

乙事件二(原告及び被告の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録8ないし10」に読み替える)。

三 戊事件参加人の主張

乙事件三(乙事件参加人の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録8ないし10」に読み替える)。

(己事件)

一 請求原因

1 当事者

(一) 乙事件請求原因1(一)に同じ。

(二)(1) 己事件参加人は平成四年一二月一八日アルベルゴ御茶ノ水マンションの区分所有者集会の決議(右マンション管理規約二四ないし三一条)により設立され、平成五年一月一八日設立登記を経由した同マンションの管理組合法人である。

(2) 乙事件請求原因1(二)(2)に同じ(ただし「乙事件参加人」を「己事件参加人」に読み替える)。

2 乙事件請求原因2及び3に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「己事件参加人」に、「ルイマーブル乃木坂管理規約一一条二項」を「アルベルゴ御茶ノ水管理規約一〇条三項」に、「目録6及び7」を「目録1ないし5」にそれぞれ読み替える)。

3 よって、己事件参加人は、目録1ないし5の各定期預金が同参加人に属することの確認及び被告に対し、右各定期預金契約の預金返還請求権又は不当利得返還請求権に基づき請求の趣旨六2記載の金員の支払を求める。

二 原告及び被告の主張

乙事件二(原告及び被告の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録1ないし5」に読み替える)。

三 己事件参加人の主張

乙事件三(乙事件参加人の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録1ないし5」に読み替える)。

(庚事件)

一 請求原因

1 当事者

(一) 乙事件請求原因1(一)に同じ。

(二)(1) 庚事件参加人は昭和五二年ころに赤坂ベルゴ豊栄マンション(地下一階地上一〇階建て)の三階以上を区分所有権として分譲されたマンションの管理組合であるが、管理法人ではない。

(2) 乙事件請求原因1(二)(2)に同じ(ただし、「乙事件参加人」を「庚事件参加人」に読み替え、参加人が法人格を有することを前提とする主張部分は除く)。

2 乙事件請求原因2及び3に同じ。(ただし、2(一)(2)につき「赤坂ベルゴ豊栄マンションの区分所有者らは栄高(昭和五二年七月一日以前は旧商号豊栄管理株式会社)に対し、管理費等のほか、右マンション敷地一部が借地であるため借地料を付加して、当初被告(赤坂支店取扱い)、後に三井銀行(赤坂支店取扱い)の栄高名義の普通預金口座に振り込んで支払っていた」旨を付加するほか、「乙事件参加人」を「庚事件参加人」に、「ルイマーブル乃木坂管理規約一一条二項」を「赤坂ベルゴ豊栄管理規約一七条三項」に、「目録6及び7」を「目録11及び12」にそれぞれ読み替える)。

3 よって、庚事件参加人は、目録11及び12の各定期預金が同参加人に属することの確認及び被告に対し、右各定期預金契約の預金返還請求権に基づき請求の趣旨七2記載の金員の支払を求める。

二 原告及び被告の主張

乙事件二(原告及び被告の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録11及び12」に読み替える)。

三 庚事件参加人の主張

乙事件三(乙事件参加人の主張)に同じ(ただし、「目録6及び7」を「目録11及び12」に読み替える)。

第三  当裁判所の判断

一  本件全事件を通じ基本的争点である本件各定期預金の債権者が何人であるかについてまず検討する。

1 甲事件請求原因1の事実は全当事者間に争いがなく、右争いのない事実に《証拠略》によれば、本件各定期預金債権及び本件普通預金債権の成立経緯等につき、次の事実が認められる。

(一) 栄高のマンション管理業務について

栄高は、豊栄土地開発の分譲マンション管理委託業を担当する管理会社であり、豊栄土地開発は同会社が建設したマンション分譲の際、各区分所有者に対し、同会社作成のマンション管理規約(右各管理規約では、竣工時から一年ないし三年間の管理者を栄高とし、その後、別段の定めをしなければ栄高が管理者として管理業務を行う旨規定されている)及び使用細則を提示してその承認を求めるとともに、右各区分所有者らと栄高の間で管理委託契約を締結させた。

参加人らのマンションの区分所有者らは個別に、右管理委託契約に基づき管理者である栄高に対し、管理費等及び保証預り金を一括して管理委託費として毎月一定額(ただし、赤坂ベルゴ豊栄マンションの区分所有者らの支払っていた管理委託費は、右管理費等のほかマンション敷地一部の借地料を含む)を、同会社が指定する同会社名義の被告等金融機関における普通預金口座宛に振り込んで支払っており、右普通預金口座には、本件普通預金が含まれていた。

そして、栄高は右管理委託費から管理員人件費、清掃費、エレベータ・消防及び電気設備保守メインテナンス料並びに定期検査等の諸経費を支出し、金銭出納業務を行うとともに、同会社の管理報酬として相当額を引き出して取得していた。

また、栄高は年一回管理組合の決算期ごとにそれぞれの決算書(右報告書には各定期預金の利息も収入に計上されている)を作成し、その都度各管理組合の総会で収支決算報告をするなど各管理組合の会計業務も行っていた。

(二) 栄高の本件各定期預金契約の締結及び本件預金担保設定について

栄高は、右のとおりマンションの区分所有者らから各銀行の普通預金口座に振り込まれた管理委託費をその都度各種業務に支出するほか、その剰余金を原資として各マンションごとに契約の形式を栄高名義としマンション名を右名義に付記して本件各定期預金契約を被告(八重洲口支店取扱い)との間で締結した。

また、栄高は被告(八重洲口支店取扱い)との間で本件預金担保を別紙預金担保設定一覧表記載のとおり随時設定した(争いがない)。

2 そこで、検討を進めるのに、《証拠略》によれば、本件各定期預金は参加人らの各マンションの管理委託費の一部を原資とするものであり、栄高の右各マンションごとの会計報告内容である決算書には本件各定期預金及びその利息が各マンションの収入に計上されていることが認められるものの、他方において、本件各定期預金の成立経緯は前記認定のとおりであり(本件各定期預金の預入行為者が栄高であることは全当事者間に争いがない)、また、栄高は本件各定期預金を同会社の貸借対照表の流動資産の部に計上するなどして、自社の資産として多年にわたり本件各定期預金を取り扱ってきたこと、管理委託契約及び管理規約上、栄高から各管理組合又は区分所有者らへの管理委託費の払戻しは認められておらず、ただ、各管理組合又は区分所有者らは管理規約及び管理委託契約に規定された内容の債務の履行を栄高に求めることができるにすぎず、管理委託費については、栄高が一貫して出納業務を行っており、区分所有者ら又は管理組合は右管理委託費につき何らの処分権限を有しないこと、また、《証拠略》によれば、本件預金担保差し入れに伴う書替処理上、各定期預金の満期の経過で自動書替手続が取られ、利息は、一部の元加方式を採る定期預金を除きいずれの定期預金もすべて、栄高名義の当座預金口座(番号《略》)へ入金するようになっていたこと等が認められるのであり、前記認定(特に栄高が本件各定期預金通帳及び銀行届出印鑑を所持して右預金を管理し、被告(八重洲口支店取扱い)との間でその都度必要に応じて本件各定期預金に担保を設定していること及び原告自身、栄高名義の同会社固有の財産と主張する定期預金を本件各定期預金と共に混在して預金担保に供していることを自認していること)によれば、栄高が管理者として区分所有者らから必要経費を一括して管理委託費として同会社名義の普通預金口座に徴収して取得した上、その剰余金の管理方法として、更に、被告(八重洲口支店取扱い)との間で、栄高名義で本件各定期預金契約を締結し、右預金証書と共に銀行届出印鑑を管理していたというのであるから、これらの事実を併せ考察すると(右管理委託費の使途の限定の問題については後に触れる)、前記原資の拠出者や決算書上の処理方法を考慮に入れても、預金原資となる管理委託費の管理方法いかんは栄高にゆだねられたものであり、栄高が自ら預金の出捐者として本件各定期預金契約及び本件普通預金契約を締結したものということができるのであり、したがって、本件各定期預金及び本件普通預金債権者は栄高であると解するのが相当というべきである。

なお、各預金の口座名義に各マンション名を付記したことは、栄高のマンション管理会社としての業務上の便宜のため、とりわけ各マンションに向けての決算報告書において負債の部の預り金と、資産の部の預金とを対応させる便宜のためにほかならず、口座名義に各マンション名を付記していることをもって、各預金債権者が栄高であることを覆す根拠とはならないというべきである。

3(一) この点につき、参加人らは、栄高は通常の管理会社とは異なり、いわば、管理組合と同一視すべき区分所有法上の管理者であるから、それまで管理組合を結成していなかった各マンションの区分所有者らが、法人格を有するか否かを問わず管理組合を結成すれば、栄高が管理している財産のうち栄高固有の財産以外の財産は当然右管理組合の財産となるのであり、したがって本件各定期預金又は普通預金はいずれも栄高にではなく参加人らに帰属すると解すべきであるかのような主張をするが、次のとおり、論旨自体としても、また、前記認定事実に照らしても合理性を欠き、採用できない。

すなわち、栄高は豊栄土地開発が各マンション分譲の際、そのマンションの管理業務を遂行する管理会社として設立し、それ以降独立の法人として各マンション管理業務を行ってきた管理会社であり、区分所有者ら(管理組合がある場合にはその管理組合)は、マンション管理専門業者である栄高との間で、各マンションの管理業務、特に管理費等の出納だけでなくその保管をも併せて一括して委託する契約を締結している等の経緯に照らすと、当初から栄高は、あくまでも、各マンションの管理組合自体とは別個独立の権利義務主体であるから、本件各定期預金が、管理組合の業務を代行する管理会社により管理される財産であるとしても、また、管理組合が設立されたとしても(管理組合の顕在化)、それを即管理組合の財産と評価することはできないことは明らかであり、参加人らの前記主張は理由がない。

(二) また、栄高が参加人ら各管理組合の代理人として本件各定期預金契約を締結した旨の参加人らの主張も、栄高が各管理組合を代理する権限を有することから、直ちに栄高の行為をすべて当然に各管理組合のための代理行為と評価することができないことは明らかなところであり、また、殊更、栄高が被告(八重洲口支店取扱い)との間で、参加人らの代理人として本件各定期預金契約及び本件普通預金契約を締結したと認めることも困難であるから、参加人らの右主張も理由がなく、失当というべきである。

(三) さらに、参加人らの不当利得の主張も以上に検討したところから理由がなく、失当であることが明らかである。

二  そこで、抗弁について判断する。

1 本件預金担保設定、実質的に右担保権の実行と解される本件相殺及び本件残金保管の各事実は全当事者間に争いがない。

そして、弁論の全趣旨から、右残金の約定利率は平成五年三月一日から同年一〇月一七日まで年〇・二六パーセント、同月一八日から年〇・二二パーセントであることが認められる。

2 これに対し、原告及び参加人らは、本件預金担保設定行為は業務上横領行為又は背任行為に該当する公序良俗違反の行為であるなどとして、右担保設定行為を無効とし、その担保権実行に当たる本件相殺も無効であると主張するので、以下に検討する。

(一) 定期預金債権者が、右定期預金を同人の借入金の担保に供することができることはいうまでもないところ、前記のとおり、本件各定期預金債権者は栄高であると認められるのであるから、同会社が本件各定期預金をその借入金の担保に供することには原則として支障はないというべきである。

(二) ところで、前記認定のとおり、本件各定期預金は、栄高がマンション管理業務の一貫として区分所有者らが管理委託費を振り込む普通預金口座を設けて各種業務の支出等管理を行った後の剰余金を原資とするものであり、各管理規約及び管理委託契約に基づき、栄高は右管理委託費につき、受託に係る管理業務を行うに当たり必要な管理要員費、清掃費、物品購入費、保守費、水道光熱費、管理報酬その他の経費にのみ充当できる権利を有するものであり、修繕積立金を取り崩して修繕費に充て、なお不足する場合には区分所有者らに対して追加徴収することができる権利を有するものであるにすぎず、各区分所有者との間の管理委託の趣旨から右各定期預金は各マンションの修繕・補修等の費用に支出するたびに取り崩す取扱いがされており、したがって、栄高が管理する管理費等は多くの区分所有者らに利害関係を有するいわば公共性の強い性質のものであるとの原告及び参加人らの指摘には一応の合理性がみられないわけではない。

しかし、金銭は本来、価値を表象するもので個性がなく特定性を持たないとの特性を有し、占有者が即所有者である。そして、栄高は本件各定期預金の原資となった各マンションの管理委託費につき、それぞれの管理委託契約及び管理規約に基づいて委任事務を処理する費用等として委託されているもの(区分所有法二八条参照)であり、受託者として前記の管理義務を負っているのであるが、預り金としての金銭自体は栄高に帰属するものであり、前記認定のとおり、栄高が区分所有者らとの間の管理委託契約に基づき従うべき管理委託費の支払方法及び保管方法については特にこれを規定するものはなく、栄高に一切ゆだねられているものと解されるのである。

さらに、栄高と被告(八重洲口支店取扱い)との間の本件預金担保設定においては別紙預金担保設定一覧表のとおり栄高の管理する各マンションの管理委託費を原資とする本件各定期預金のほか、栄高固有の定期預金も含まれていること等の事実を併せ考察すると、栄高は、本件のように破産に至った場合には参加人らの各マンションに対し、委託契約上の受託者としての未支出分の事務処理費用としての預り金残高の返還債務を負うにすぎないのであり、結局、本件各定期預金自体につき各マンションの管理委託費に使途が限定されていたと認めることは困難というべきである。

(三) したがって、本件預金担保設定行為が栄高の担当者による業務上横領行為に該当するものとは解し難く、また、同会社が自己の資産を担保に供した行為はその担当者の背任行為にも当たらないし、同会社の破産により、管理組合若しくは区分所有者らに担保設定相当額の損害が生じたとしても、それは栄高の破産自体に起因する損害であり、本件担保設定行為自体により生じた損害ではないというべきであって、原告及び参加人らの前記主張はいずれも理由がなく、失当である。

3 右のとおりであるから、原告及び参加人らのその余の主張(民法五〇五条一項ただし書適用の主張及び権利濫用の主張)も理由がないことは明らかであり、失当である。

なお、右の主張における原告の論旨は、本件各定期預金債権ないしその返還請求債権の栄高への帰属性を否定するものであり、実質上という表現を付加しているものの、先の預金債権者性の主張との間に論旨の一貫性を欠くのではないかとの疑問が残る。

4 以上のとおり、被告の抗弁(一部相殺)は理由があり、これに対する原告及び参加人らの主張はいずれも理由がなく、失当である。

三  よって、原告の本訴請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余及び参加人らの各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤村 啓 裁判官 堀内靖子)

裁判官 白石 哲は、転補のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 藤村 啓)

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